71、桐島、部活やめるってよ

施設に入所している利用者さんにだって、家族はいる。

友達もいるし、支援員もいるし、ソーシャルワーカだって、主治医だって、看護師だっていたりする。

そう、ひとりじゃない。

施設に入っているからといって、孤独じゃない。いろいろな人が、利用者さんの周りいてくれたりする。

うん、まあ、いろいろとトラブルを引き起こしてくれる関係者さんもいれば、いろいろと手助けをしてくれる人もいたりする。

そのへんは、まあ、どこの世界でも同じなのかなって思ったりする。

そんな利用者さんを取り巻く人間関係で、一番重要な人は、やっぱり家族だったりする。

とくに両親は、生まれてきてから現在に至るまで、ずっと利用者さんを育ててくれた人たち。

一緒に楽しい時間を過ごして来たり、苦悩を乗り越えてきた人たち。きっと、利用者さんにとって、一番の理解者であったりするんじゃないかな。

そんな家族の方が、施設に入っている利用者さんのことを心配してないはずはない。

ちょっと困ったことになったりして、支援員が協力を求めたりしたら、それを断ったりする家族の方はいないといってもいいんじゃない。

ほとんどの方が、進んで協力してくれるし、いろいろとアドバイスもしてくれちゃう。

中には、まあ、すべて支援員さんの判断にお任せしますっていう保護者の方もいたりするけど、それはまあ、自分では手に負えないから、専門家の人たちにお任せしますっていう態度なのかなって思ったりしちゃう。

ひとつ言えることは、我が子を入所施設に入れることで、やれやれ、これで肩の荷がおりたって、せいせいしている保護者の方はいないってこと。

少なくとも、95が見ている限りでは、そんな家族は見たことがない。

やっぱり、みんな、家族が揃って暮らしたいって思ってる。それでもまあ、利用者さんが家庭で暮らしていくことが難しいってことになれば、施設に入所するっていう選択に迫られる。

それでまあ、施設に入所したからって、利用者さんとの関係が終わるわけじゃないし、今まで以上に親密な関わりになることだってあったりする。

だから、まあ、保護者の方は、利用者さんが施設でどんな暮らしをしてるのか気になるのは当然のことでしょ。

ってことで、95はできるかぎり詳しく、利用者さんがどんな感じで生活しているのか、保護者の方に説明するようにしてたりする。

まあ、それでも、いろいろ気になる人は気になるみたい。

それが行き過ぎて、クレーマーになっちゃったりする保護者の方もいちゃう。

まあ、我が子がカワイイがために、苦情を言っちゃってことは分かるんだけどね。

そんな、我が子がカワイイと思っているのは、二岡さんのお母さん。

今回は、二岡親子の物語。

そうそう、ちょうど桐島、部活やめるってよっていう小説が流行ってたときのことだったりする。

ちなみに桐島、部活やめるってよっていうのは、朝井リョウさんの青春小説。

95も読んだことがあるけど、内容はまあ、桐島って人が部活をやめることで、まわりの人たちの心境の変化があったり、それまでの生活が変わっていったりと、それはまあ、施設での生活と何か通じるものがあるなあって思ったりした記憶があったりしちゃう。

施設でも、いつもはやらないような誰かのちょっとした行動が、誰かの心境に影響しちゃって、思いも寄らないトラブルが起こっちゃたりすることがあったりするからね。

それはともかく、ちょうど桐島、部活やめるってよっていう小説が流行ってたときのこと。

二岡さんは三十代の男性。

これ以上ないというぐらい、最重度の自閉症の方。

95が今まで出会った中でも、一番っていうぐらい、自閉症の傾向が強い人だったりしちゃう。

いつでもスカジャンを羽織っていて、口数は少ない。背中で風を切って歩くような雰囲気があったりしちゃうほど、任侠って言葉が似合ったりしちゃう。

そして、まあ、高倉健の大ファンだったりする。

部屋には、高倉健のポスターが貼られちゃってるし、大量に山積みされたノートには、高倉健が出演した映画とか、作品とかのタイトルがびっしりと書かれていたりする。

日中はいつでも、ノートに高倉健のことを書きなぐっているか、ラジオで何かの音楽を聞いて過ごしちゃったりしてる。

極度の自閉症なんで、それはまあ、部屋から出てくるのはトイレのときだけだったりしちゃうけど。

そんな二岡さん、聴覚過敏のせいかもしれないけど、とにかく騒音というものが苦手みたい。

どこかで、ワーワー、キャーキャーという声がしてたりしたら、部屋で布団にくるまっちゃって、じっと動かなくなっちゃう。

それでも騒音がおさまらないようなら、覚悟を決めて、部屋から出てきちゃう。

スカジャン姿で、騒音の原因となっている場所までやってきて、その相手に飛び蹴りを食らわしちゃう。

うーん、任侠だねえ。

ん?任侠なの、これ。

もちろん、暴力はいけないってことは何度も言ってるんだけど、どうしても不調になっちゃうと、手が出ちゃうみたい。

とりあえず、部屋でゆっくりしてくれてるときはいいんだけど、パニックになって部屋から出てくると、誰かに飛び蹴りを食らわしたり、噛みついちゃったり、グーパンチが飛びだすこともあったりしちゃう。

っていっても、一年に一回あるかないかの頻度だけどね。

それでまあ、二岡さんの居室は、施設内でも一番静かな場所に移動してる。

それから、二岡さんには必要以上に声をかけないように配慮したり、他の利用者さんにも意味なく近づかないように声をかけたりしてる。

そんな二岡さん、無口である代わりに、文字を書く。

何か言いたいことがあるときには、メモ用紙に文字を書いて、支援員に渡してくれる。

おかし、たべます

おなか、いたいです

お菓子が食べたいってときには、本人のために用意しているお菓子を部屋に持っていく。

お腹が痛いってときには、看護師さんに診てもらい、ほとんどの場合、正露丸を飲んでもらったりしている。

大雨が降る、うす暗い日。

だったかどうかは忘れちゃったけど、その日の二岡さんは、よく分からない表情をしてたりしちゃう。

いつもは、うっすらと嬉しそうな笑顔を浮かべながらおかし、たべますなんてメモを持ってきたり、眉間にシワを寄せながらおなか、いたいなんてメモを持ってきたりしちゃう。

それがなぜか、その日は不思議な表情をしちゃってる。

何か悩んでいる様子で、深刻な表情をしているというか、上の空で何も考えていないというか、とにかく、よく分からない表情をしてる。

そして、95を見つけると、ゆっくりと近づいてくる。

うん、メモを持ってきたんでしょ。それは分かるんだけど、表情が怖い。

だいたい顔を見れば、今日はどんな内容のメモを持ってきたのか予想できるんだけど、そのときばかりは、まったく予想できなかったりする。

うーん、何の要件だろう。

深刻な表情で近づいてくる、二岡さん。

ごくりとツバを飲み込む、95。

ゆっくりとメモが渡される。

95はメモを受け取り、二岡さんの後ろ姿をじっと見つめる。

うん、不調になっているわけじゃないみたい。でも、機嫌がいいわけでもなさそう。

二岡さんはスカジャン姿で、とぼとぼと部屋に戻っていく。

うーん、一体、何のメモなんだろう。

95はメモをひらく。

そして、そこに書かれている文章をじっと見る。

きりしま、ぶかつやめるってよ

漢字に変換すると、桐島、部活やめるってよ

霧島、部活やめるってよ

これって、一体、何が言いたいの?

しばらく、メモを見つめたまま、硬直して動けなくなる95。

桐島、部活やめるってよって言われても。どうしたらいいのか分からない、95。

とりあえず、みんなに相談してみたんだけど、誰もその暗号を解くことはできなかったりしちゃう。

それでもまあ、きっとこういう意味なんじゃないかなってことが分かってくるんだけど、それはまた、次回ということで。

うーん、霧島、部活やめるってよって、どういう意味?

ちなみに、95、支援員やめるってよって言ったら、どれぐらいの人が引き止めてくれるんだろうなって、ちょっと考えてみちゃう95でした。

え?

別に、誰も引き止めたりしないって?

うーん、そんなこと言わないで。